▼書籍のご案内-序文

中医針灸学の治法と処方-弁証と論治をつなぐ

内容説明

 本書は数十年間,針灸の臨床と教育に携わった著者の経験の結晶である。本書には全編にわたって針灸処方学の系統性と実用性がいきいきと反映されている。
 総論では,針灸の立法処方,治療原則,処方配穴などを概述しているほか,針灸治療の大法に重きをおき,解表,和解,清熱,去寒,理気,理血……減肥,美容など20法に分けて,経典および各家学説を引証し,簡明に要点を押さえて,論述している。総論は,その次の各論の基礎となるものである。
 各論では,六淫病,痰飲病,気血病などの治法と処方を13章に分けて列記した。臨床実践の必要性に符合するように,各章ではまずその生理,病理,および弁証方法を述べ,その後に証をもって綱とし,治法処方を目とし,また処方用穴の意義を詳しく解釈して,理,法,方,穴の一貫性に努めた。
 本書は中西医高等院校[中国各地の中医薬大学などの総称]の針灸科,推拿科,傷科の教師と学生が,教学,臨床,科学研究のなかで参考にし応用するのに供すべきものである。




 中医学で疾病治療を行うには,理,法,方,薬のうちの1つでも欠けてはならない。理とは弁証分析を通じて疾病の本質を探り当て,発病のメカニズムを明らかにすることである。法とは発病のメカニズムにもとづいて,証に対する治療法則を確定することである。次に,法にしたがって方を選択し,方を根拠に薬が用いられる。つまり,法は理から導き出され,方は法にしたがって立てられ,薬は方に立脚して選ばれるのである。これら4者の間の相互関係は不可分であり,この相互関係性を運用してこそ臨床においてはじめて良好な効果を得ることができる。歴代の医家はこのことを非常に重要視して,不断に研究を積み重ね成果をあげてきた。理,法,方,薬とその間の密接な相互関係は中医学の特色をなすものであり,また中医学の真髄でもある。
 針灸は中医学を構成する要素の1つである。針灸の治療方法には投薬の治療方法と異なった独自性があるが,その基礎理論,弁証方法,治療原則においては,その他の中医学各科となんら異なった点はない。しかし,幾千年にわたって幾多の針灸書が書かれてきたにもかかわらず,なぜか治法と処方に関する専門書は存在しないのである。これはたいへん不思議なことではないだろうか。そこで,これに関連する『内経』の条文を精読して探索したところ,理,法だけでなく処方と用穴についても詳細が尽されており,多くの条文では,用穴の意味までもが明らかになっていることが認識できた(詳しくは本書の第一章「針灸治法と針灸処方概論」を参照のこと)。針灸の治法と処方は『内経』の各篇に散見されるために未整理のままであり,また後世では湯薬を重んじて針灸を軽視したために,重要視されることなく埋もれてしまった。それは現代に発掘されるのを待っていた宝物の如きものである。『内経』の経文を今一度精読して,治法と処方に関して新たな成果を得ることができ,喜びも一しおであった。そこで,私は針灸の治法と処方に関する書籍の編纂を提案し,また,1960年代には治法と処方に関して多くの特別講座を開き,多くの同学の士の賞賛を得た。
 1980年代になると,私は外国から次々に招聘されるようになった。アジア,西欧,北欧,北アメリカ,南アメリカの多くの国で講義を行い,針灸の国際的な影響力を拡大し,中医学が世界に認められるために微力を尽くしてきた。それらの講義の中で各国の諸先生からさまざまなご要望を承り,教材の不足を痛感させられた。そのため『中国針灸治療学』の編纂に着手し,臨床と教育の要求に答えようとした。その執筆編纂を通じて,安徽医科大学の孔昭遐教授と屠佑生教授の協力を得ることができ,百万字に及ぶ大部の書を完成させることができた。これによって,いままでの欠落を少しでも補うことができたかと思うと,いささか喜びを禁じえない。さらに針灸処方の専門書を編纂することを提案し,孔昭遐教授と邱仙霊医師から共著の快諾を得ることができた。しかし,本書の編纂過程では,私と邱仙霊医師は幾度となくイタリアに招かれて講義を行い,また孔昭遐教授も外国での医療援助に従事してきたために,断続的にしかその作業を行うことができず,完成までに5年の歳月を要してしまった。
 本書は約20万字,総論と各論の両部分からなる。総論では針灸の立法処方,治療原則,処方配穴などについて概述しているほか,針灸治療の大法に重きを置き,解表,和解,清熱,去寒,理気,理血,治風,去湿,開竅,安神,止痛,通便,消積,固渋,去痰,保健,減肥,美容,禁煙法・麻薬[薬物]中毒矯正法の20法に分けて検討を加えている。それらを論じるにさいしては,経典や各家の学説を引証して問題提起とし,それに自己の見解を付け加えて敷衍化し,その持つ意味を出来るかぎり簡潔にまとめることを心がけて,次の各論の基礎とした。各論は六淫病,痰飲病,気血病,精髄神志病,臓腑病,胞宮衝任病,胎産病,皮膚病,眼病,耳病,咽喉病,鼻病,口腔病の治法と処方の計13章に分かれている。各章ではまずその生理と病理および弁証方法を概述したあと,証を綱にし治法と処方を目とした構成で述べるとともに,処方と用穴の持つ意味も詳しく説明してある。各論は全部で178の証と254の治法と処方,226の病名を収録し,出来うるかぎり理,法,方,穴の完璧性を期すとともに,臨床実践の需要に役立つことに腐心した。こうして実用に供することができる専門書『針灸治法と針灸処方』は完成した。本書が前人の不足を補うことができることを心から願うものであるが,独善的な所やいたらない点を読者諸氏のご指教に仰ぐことができるならば幸甚である。
 40年来,針灸は飛躍的な発展を遂げるとともに,国内外の医学者や患者の要望も日増しに高まっている。研究の深化と不断に創造を行うことが,われわれ針灸の道に携わる者に課せられた当面の急務であり,また責任でもあることは言うまでもない。わたしはすでに老齢というべき年齢に達したが,このまたとない機会に,残ったエネルギ-を老人は老人なりに捧げ尽くすつもりでいる。葉師の詩に「老夫,喜びて黄昏の頌を作す。満目に青山の夕照,明らかなり」とある。これを読むたびに心が奮い立つ思いがする。願わくば心身を労して中医学の振興のために余生を捧げん。これをもって本書の序とする。

邱 茂 良
齢八十のとき 南京にて
1992年8月