初版まえがき
中薬が臨床で使われる場合,その多くは「薬の組み合わせ」として使われます。それは何の意図もない羅列ではありません。そうした組み合わせはどれも,明確な意図のもとに緻密に構成されているものなのです。そして薬を合わせて使う方法には,長い歴史があります。
古代の書物である『神農本草経』名例は「薬には七情というものがある……薬は単味で使用することもできるが,多くは合わせて用いる。そして合わせて使う場合,薬同士には相須・相使・相畏・相悪・相反・相殺などの関係が生まれる。薬を使おうとする者は,こうした七情について総合的に理解していなければならない。相須・相使の関係で薬を使うのはよいが,相悪・相反の使い方をしてはならない。しかし有毒薬を使う場合は,相畏・相殺の関係で使うこともできる。そうでない場合は使ってはならない」と述べています。また「薬は君臣佐使を明確にして,適切に使うべきである」「薬には陰陽に従った子母兄弟による合わせ方もある」という論述もあります(『本草綱目』序例)。これらの論述は,薬の合わせ方に関する最初の規範といえるものです。
『黄帝内経』には,酸・苦・辛・鹹・甘・淡による五味を重視した薬の組み合わせ方が述べられています。それは辛甘による発散,酸苦による涌泄,鹹味による涌泄,淡味による滲泄などを,五臓の病証に応じて使い分ける方法です。金代の劉完素はこの方法を発展させ「物にはそれぞれ性が備わっている。方剤を組成するとは,必要に応じてこの性を制御したり,変化させたりすることで無限の作用を引き出すことである」と述べています。
全体の流れとしては,まず『黄帝内経』『傷寒論』などの経典が,薬の組み合わせに関する比較的完成された理論や法則を提示しました。そこには四気五味・昇降浮沈・虚実補瀉などの内容が含まれています。その後,『黄帝内経』や『傷寒論』の提示した方法を基礎として,臓腑標本・帰臓帰経・引経報使などの学説が起こりました。歴代の本草書や方書が述べている理論や,現代の中薬学・方剤学などの内容は,どれもこうした理論や学説をもとにして,さらに発展を加えたものです。前者と後者の違いは,前者が単味薬の特性を中心とする理論・方法であるのに対し,後者は方剤の組成法に重点を置いた理論・方法であることです。そして本書の内容は,両者の中間に位置するものといえます。具体的には,薬の合わせ方を中心として,薬を運用する際や方剤を組成する際の内在的な決まりごとについて述べています。それは中薬学の内容と方剤学の内容を柔軟に結びつけ,実用性を重視してわかりやすくまとめたものです。そしてそれらの内容は,すべて私の臨床経験の結晶といえるものです。ただし執筆にあたっては,多くの大家が残した理論や方法を借りて説明をしています。そうした内容も,次の世代へきちんと伝えたいと思うからです。特に『本草綱目』『本草綱目拾遺』『名医方論』などの内容について多くを述べています。清代の厳西享・施澹寧・洪緝菴らがまとめた『得配本草』も,薬の組み合わせに関する専門書ですが,組み合わせ方を紹介しているだけで,その背景となる理論や機序などについてあまり解説をしていません。これでは深い理解を得ることはできません。
本書は,筆者の長年にわたる臨床や教学の経験と,歴代の用薬法に関する研究をまとめたものです。その内容は,中薬の運用法について理論から実践までをわかりやすく結びつけたものとなっています。そしてそこには歴代の大家の成果や民間に伝わる方法などが十分に反映されています。薬の組み合わせ方に関する,完成度の高い実用的な参考書といえます。具体的には「四気五味」「昇降浮沈」「虚実補瀉」「臓腑標本」「帰経引経」「方剤組成」などの角度から解説をしています。いずれの場合も,中薬理論と臨床実践を有機的に結びつけたうえで解説を行うことに努めました。
個人の能力の限界や時間的制約などもあり,本書の内容にはまだ足りない部分も多くあります。また数々の疑問点も存在することと思います。本書を読まれた方には,ぜひ忌憚のないご意見をお寄せいただきたいと思います。それらの貴重な意見を参考にして本書の内容を修正し,さらにレベルの高いものに作り変えていくことができれば幸いです。
この本を読まれる方にお断りしておきたいことが2つあります。1つは本の中で引用している方剤についてです。『傷寒論』『金匱要略』『本草綱目』『証治準繩』『景岳全書』や現在の教科書などから引用した方剤については,紙幅の都合もあり,多くの場合出典を明記してありません。もう1つは薬の用量についてです。本の中で紹介している用量は,原則として原書に記されている用量です。それはその時代の単位ですので,実際に使われる場合には,現在の用量に換算してから使用してください。
本書の出版にあたっては,病身にもかかわらず原稿の監修作業をしてくださり,さらに本書の出版を薦めてくださった顧問の由崑氏に,心よりお礼を申しあげます。また人民衛生出版社の招きに応じてお集まりいただき,内容の修正のために多くのご意見をいただいた専門家の諸氏にも感謝の意を表したいと思います。さらに出版にあたっては,題字を中医司長(中央官庁における中医管理局の局長)である呂炳奎先生に書いていただくことができ,身に余る光栄であると感じております。
丁 光 迪
1981年11月