▼書籍のご案内-序文

名医の経方応用-傷寒金匱方の解説と症例

この本を推薦します


東京臨床中医学研究会
平馬直樹


 張仲景の著したとされる『傷寒論』と『金匱要略』は,弁証論治の聖典として,中国でも日本でも重視されてきた。この両書に収載される処方,すなわち経方は,歴代の医家に使い継がれて,現代の医療にも大いに活用されている。経方は打てば響くようなはっきりとした治療効果があり,経方の運用に習熟することは,治療技術の向上に必須のことといえる。  本書の特徴は,経方諸方剤(約160方)を桂枝湯類・麻黄湯類・瀉心湯類など類方ごとのグループに分類し,順次解説を施していることで,このような整理法は,吉益東洞の『類聚方』,徐霊胎の『傷寒類方』と同様のもので,こういう書を座右に置くことは,『傷寒論』の六経の伝変に対応する用薬法と,『金匱要略』の各篇の治療方針のあらましを身につけている者にとって,臨床の応用にすこぶる便がよいといえる。東洞の『類聚方』やその解説書である尾台榕堂の『類聚方広義』が江戸時代以来広く読まれているのも,臨床応用に便利だからである。本書は同類の経方解説書にくらべて,解説がていねいで,ことに処方の構成生薬一味一味に詳細な説明が施されている。例えば,「四逆湯」の項に附子の解説が付されているが,経方の附子の運用が古典医書の記載,著者の経験も含めて全面的に述べられており,教えられるところが多い。  各方ごとに,適応証・方解・応用が述べられ,すぐに臨床に役立てられる。また,適宜症例が付されているが,収録される症例は222例に及び,症例ごとに簡にして要を得た考察が加えられているのがありがたく,これらをじっくり味読すれば,経方の運用能力に大いに裨益するであろう。  この書は,高名な上海の老中医である姜春華教授の講義録を整理・加筆して編まれた。著者の姜春華教授は,臨床にも著述にも,また腎の本質の研究など,研究指導の面でもすぐれた業績のあるオールラウンドの名中医で,『傷寒論』研究にも造詣が深い。本書では,方解などに清代の柯韻伯・尤在涇・喩嘉言・王旭高ら,近代の陸淵雷・祝味菊ら多くの『傷寒論』研究者の学説が紹介され,歴代の研究成果が密度濃く凝集されている。臨床応用は主に姜教授自身の臨床体得にもとづいて記載されており,簡潔ながら的を突いた味のある解説となっている。通読しても経方の応用能力を向上することができるであろうし,診察室に備え,必要に応じて引いても便利である。  このような良書が翻訳され和文で読めることは,たいへんありがたい。名古屋の漢方界の重鎮,故・藤原了信先生,藤原道明先生と天津から来日されている中医師・劉桂平先生のご努力で翻訳された。3先生の労に感謝したい。藤原了信先生は,日中の医学交流や中医学の日本への導入に熱心に取り組まれた先駆者であられたが,本書の上梓を前に急逝された。まだまだ漢方界のために活躍していただきたかったが,返すがえす残念でならない。先生の遺作となった本書は,これから日本の漢方家に学習され,活用されていくことであろう。経方運用の座右の書として,すべての漢方臨床家に本書を推薦したい。

訳者からみる著者・姜春華
――西洋医も納得させた名老中医――

名古屋市立大学薬学部客員研究員
劉桂平


 姜春華先生は1960~80年代に活躍した著名な老中医の1人である。中医学を継承し,なおかつ発展させるというバランスがうまく取れた先生で,革新派に属される。伝統中医学の長所を生かしながら,新しいものを創造していくことを重視され,特に肝疾患の治療と活血化?の研究で有名である。  姜先生は,早くも60年代から,弁病と弁証の結合を提唱されていた。疾病を正しく認識するには患者の症状や舌,脈の分析だけでは不十分だという。たとえ弁証論治に従って治療し,症候が改善しても,検査値の異常が改善していない場合もある。例えば,慢性腎不全の治療で,むくみや尿不利などが完全に解消されたとしても,検査をすると尿蛋白が続いているといったことがよくある。そのため,先生はより確かな臨床効果を得るために積極的に西洋医学の検査技術を導入された。  姜先生が勤務されていた上海第一医学院附属病院は西洋医学のレベルも高く,院内の西洋医を納得させるだけの治療効果を上げる必要があったという。そのためには客観的な証拠である西洋医学の診断が不可欠だった。そして,先生は西洋医学で治らない患者ばかりを治療して,なみいる西洋医らを驚かせる実績を上げ,全国からの注目を集め,非常に高い評価を得たのである。  例えばこんなことがあった。あるとき,肝硬変による腹水のために入院してきた40代の患者があり,西洋医学のさまざまな治療を試みたが,まったく効果がみられなかった。その患者は姜先生が診察されるまでは病状が悪化する一方であったが,先生が診察されて,十棗湯(『傷寒論』)と下?血湯(『金匱要略』)の合方方剤を用いたところ,腹水を便とともに排泄し,尿量も増え,病状を劇的に改善させることができた。その後,肝脾を整える処方を応用したところ,最終的に自覚症状もなくなって,この患者は無事に退院していった。このような治療経験が数多くあったのである。姜先生は西洋医とともに共同して研究した期間が長く,中医学の真髄を西洋医にも理解しやすいように中医学教育や臨床・研究に務められた。  本書は,『神農本草経』や『名医別録』などの文献を引用しながら生薬の効能と処方を詳しく分析して,さらに現代薬理学の研究成果も加えて処方の総合的な効果を明らかにしている。また,経方の理論を解説するだけでなく豊富な症例をあげることで,実践を通じた処方の理解と応用方法にヒントを与えてくれる。本書を読めば,『傷寒論』と『金匱要略』の処方を組み立てる発想を十分に理解できるばかりでなく,姜先生の経方の活用方法に学ぶことで,煎じ薬はもちろん,日本のエキス剤処方も柔軟に応用できるようになるはずである。