▼書籍のご案内-序文

症例から学ぶ中医婦人科-名医・朱小南の経験【はじめに】

はじめに

 父である朱小南は,本名を鶴鳴といい,1901年に生まれ1974年に永眠しました。幼少時の10年間,南通の私塾で勉強した父は,その後祖父である南山公について医学を学びました。そして研鑽を重ねた結果,20歳で上海に開院し,内科・外科・婦人科・小児科に携わり,中年以降は婦人科を専門とするようになりました。また1952年10月には,上海中医門診所(第五門診部の前身)に,婦人科の特別医師として迎えられました。
 診療にあたって父が心懸けたのは,疾病の根源を究明して臓腑の気を調整することであり,とくに肝の調整を第一としました。また婦人科疾患には微妙な点も多いので,詳細に観察して適切に診断を下すよう心懸け,必ず処方を的中させたといいます。
 1936年,父は祖父を助けて新中国医学院を創設し,人材を養成して全国各地に送り出しました。1961年ごろ,多くの同学者たちの提案を受け,私たちは父の治験例の収集と整理・浄書を開始しました。その大部分については,当時父が自ら目を通し,選別校正を行いました。1974年に父は病没しましたが,1977年に私たちは治験の整理を再開し,父の普段の会話や論述を加え,上海中医学院の『老中医臨床経験彙編』に収めました。
 このたび北京人民衛生出版社のご厚意により,この単行本を出版する運びとなりました。しかし私たちの未熟さゆえ,少なからず錯誤や欠落もあろうかと思われますので,貴重なご意見・ご教示をお待ちしております。

朱 南 孫
1980年6月


本書を読むにあたって

 本書は,『朱小南婦科経験選』(朱南孫・朱榮達整理,人民衛生出版社1981年刊)を底本として翻訳したものである。

 19世紀後半から民国時代(1911-1949)にかけて,上海で活躍した婦人科専門の中医家系として,陳氏婦人科・蔡氏婦人科・朱氏婦人科の3つの家系が知られている。本書の原作者である朱小南先生(1901-1974)は,朱氏婦人科2代目の名医である。
 朱氏婦人科の特徴は,まず細かい問診を重視する姿勢があげられる。朱小南先生は父である朱南山先生とともに,明代の張景岳の「十問歌」に倣い,「婦人科における十問訣」を作り出した。また,朱小南先生は切診や脈診も重視し,按腹により妊娠やチョゥカなどの有無を判断した。
 さらに,朱小南先生は女性の生理病理の特徴を踏えた弁証論治,具体的には中医学の気血理論・臓腑理論・経絡理論を有機的に結びつけ,婦人科診療における奇経八脈の重要性を強調し,それを臨床に活用したことが注目される。衝脈・任脈・督脈・帯脈・陽キョウ脈・陰キョウ脈・陽維脈・陰維脈という「奇経八脈」の生理病理と婦人科疾患の診療との関連については,朱小南先生によって初めて体系化されたともいえる。特に,衝脈・任脈・帯脈などの奇経と女性の経・帯・胎・産との関連や,脾胃・肝腎などの内臓との関連,また,そのほか多種類の生薬の帰経および経穴との関連,各奇経と関連した病機や疾患に関わる弁証治療について,独自の理論を作り上げ,臨床研究を行った。その内容と特徴は,本書にも大いに反映されている。
 本書は「医論」と「医案」の2部から構成されている。「医論」には,朱小南先生の中医婦人科に対する考え方が示され,今日の婦人科診療に役立つポイントと心得が凝縮されている。さらに,本書に記された多くの具体的な「医案」を通して,朱小南先生の診療に対する姿勢や先生が説いた医説に対する臨床的な検証を読み取ることができ,先生の弁証論治を臨機応変に活用する発想とプロセスを知ることができる。平易な解説には興味深い理論や見識が秘められており,医論の内容に対する格好の参考例ともなっている。中医婦人科の学習は,医案より多くのヒントが得られるだろう。
*本文中(  )で表記しているものは原文注であり,〔  〕で表記しているものは訳者注である。

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