▼書籍のご案内-序文

内科医の散歩道―漢方とともに

はじめに

 今から二十年前、病院勤めの頃のこと。
 「あの心筋梗塞の患者さん、どうしても、胸の痛みが止まりません。モルヒネまで注射したんですが……」
 若いドクターの求めにかけつけた。患者さんは目をつりあげ、七転八倒! 今にも自分は死ぬんではなかろうか―という恐怖と闘っている。彼の肩に手を置く。
 「これくらいの病気で、あなた、死ぬもんですか。たいしたことありません」と私。
 「えっ? 私、助かるんですか。そうですか、助かるんですか……」
 それから一分もたたぬ間に、彼、スヤスヤ眠り始めた……。
 今、開業して十七年目。心臓内科を看板として働く私に、多くの患者さんが教え続けてくれたこと、それは、病を治す上でどんなに心の持ち方が大切であるかであった。夜、眠れなくても、残りの少ない寿命、神が私に時間をくれていると告げた御老人。耳鳴りすら天上の音楽と表現した人。病の受けとり方が、なんとプラス思考、感謝の心に満ちていることか。
 私自身、四十歳代のころ三昼夜、一睡もせず、重症患者さん達を見守った月日があった。こんなに過労、俺、なが生きは出来まいと思っていた。ところが有難いことに、白髪が生え、皮膚にポツポツ老いのしみをみるとしにまで生きながらえている。
 遺伝子工学の権威、村上和雄教授は、彼の著書、『生命の暗号』(サンマーク出版)の中でこう述べている。「イキイキ、ワクワク」する生き方こそが、人生を成功に導いたり、幸せを感じるのに必要な遺伝子をONにしてくれる―というのが、私の仮説なのです=と。この彼のいう人生を成功に導いたりという言葉の中には、癌発生を抑制する、という意味すら含まれている。私は更に広く考え、心の感動こそが、癌を含め、いろんな難治性慢性の病を克服するための一番大切な条件と信じ実践してきた。
 拙著『野草処方集』(葦書房)が、世に出て十年の月日が経った。育んで下さった天籟俳句会の穴井太師、出版にさいし細く検討して下さった久本三多氏、もうこの世の人ではない。八千五百部、という望外の発行部数を支えていただいた方々にはどう感謝の気持ちを伝えたらよいのか解らない。
 豚もおだてりゃ木に登るとか。皆様の励ましの言葉に、つい浮かれて、新しい書を世に出すことになった。本書は、西日本新聞に一年間、毎週木曜日、五十回にわたって連載させていただいた『内科医の散歩道』―中国医学と共に―そのものである。私如き一介の町医者にこのような機会を与えて下さった西日本新聞社、当時文化部部長の原田博治氏に、また、天下の大新聞への連載に尻込みする私にムチを入れて前に進めて下さった地下の穴井太師、校正の労をとって下さった藤本和子さん、身に余る推薦文を寄せて下さった学友の菊池裕君、後藤哲也君、さらに、共に漢方を学ぶ九州中医研の諸兄姉、共に野山を歩く牛山薬草研究会の皆様、共に漢方を実践する任競学中医師に、そして、私を励まし育てて下さる多くの方々に感謝の意を表する。

 蟻と人 同じ生命よ 花の下

ひろし
平成十二年十一月三日