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中国医学の歴史

序文

 傅維康教授により主編された『中国医学の歴史』は、中国医薬学の起源とその発展過程を原始・上古から清代に至るまで系統的に論述し、各時代の歴史的背景を記した労作である。
 原著は漢字にして四十万字余り、これにこの度の編訳書には挿画・写真が二百余枚も加えられ、巻末には詳細な歴史年表も付されている。
 本書では、長年にわたる中国医学史研究上の成果を見事に反映させつつ、近代から現代にかけての考古学上の新発見や、著者自身の独自の研究結果が加えられている。
 そのことによって、『中国医学の歴史』はここ四十年来、中国医薬学史を扱った専門書の中でも、特に水準の高いものとなっており、他の医学史の書物と比べて、本書は歴史資料の取捨選択や編纂にいくつかの明白な特色を有している。
 たとえば、読者が古代人類の疾病に認識と理解を深めやすいように、原始人の口腔・外傷・産婦人科・小児科の分野に関して、馬王堆の帛書、雲夢秦簡、張家山と武威漢簡などの考古学上の発掘や、人類学上の研究成果をふんだんに採用している。
 さらに、李約瑟氏の著作『中国科学技術史』に記された中医薬の研究結果と、日本で発見された『小品方』の残巻の内容、その後の中国国内での研究業績が十分に引用されたため、西晋・東晋・南北朝時代の中国医学史の内容が大いに補強された。
 本書を主編された傅維康教授は中国医学史の研究歴四十年に及び、この間中国全国大学博物館専門委員会の首席主任委員を歴任され、現在、中華医学史学会の副主任委員の要職にあられる。
 その著書には『杏林述珍』、主編に『中国医学史』や『中薬学史』などの医学史に関する専門書があり、国内外の医学史学界において高い評価を受けておられる。
 この書の中で傅維康先生は、かって進化論のダーウィンが記した『中国古代百科全書』とは『本草綱目』のことであり、またダーウィンが「鳥骨鶏」や「金魚」について論述したものも、その内容は『本草綱目』からの引用であったことを立証している。さらに、「弁証論治」という中医学上の用語は、清代の徐大椿による『外科正宗』の中で最初に用いられていることを考証している。
 この『中国医学の歴史』の編纂に参画された他の編者は、いずれも中国医薬学史の教育と研究の経験深い教授、助教授、研究員の方々であって、本書が高い水準と評価をかち得ているゆえんである。
 このたび、日本側で本学の客員教授川井正久先生および、川合重孝先生、山本恒久先生の手によって、この書が日本語に翻訳され、山本勝曠氏が社長を務められる東洋学術出版社の御高配によって、日本語版として出版の運びとなったことは、中日医療交流の発展・拡大の面からも慶賀に耐えない。
 ここに上海中医薬大学を代表して、中日両国の関係各位に心からの祝意と感謝を表し、序に代えたい。

上海中医薬大学 学長
施 杞
一九九六年四月一日


まえがき

 中国医薬学は、その永い歴史の中で、病気に苦しむ人々の治療において常に顕著な効果を発揮し続けてきた。この医学は、今後も中国民族の子々孫に至る遺産である一方、世界全人類のためにも保健、医療、福祉に対して大いなる貢献をなし続けることであろう。
 本書は、過去に中国の人民と医家達が疾病と戦う中で、どのような出来事があり、どのように成果を収めてきたか、そしてどのような理論を構成したか、などを歴史資料に基づいて忠実に記述したものである。
 編集に当っては、各時代の特徴を把握して、適確な見出しにまとめ、全体を合理的に順序立てて、学習しやすいように配慮した。
 その内容は、中医学、中薬学に止まらず、鍼灸、推拿、養生など博く中医学の各専門分野を網羅しつつ、精彩な写真、挿画を数多く採用して読者の理解を助けている。本書は、中医学、中薬学とその歴史の学習や研究のみならず、中国の自然科学史の資料としても十分に役立てて頂くことができると確信している。
 最後に、この書の編集に際しては、王慧芳、楊学坤の両先生、また写真撮影に当っては趙世安、施毅の両氏に特別の御尽力を頂いたことを記し、衷心より謝意を表する次第である。

傅 維 康
一九九四年二月