▼書籍のご案内-序文

[詳解]中医基礎理論

日本語版のための序文

 私が東京で講義を行っていた1994年に,東洋学術出版社の山本勝曠氏の来訪を受けて初めてお会いした折り,同氏が,拙著『中医基礎理論問答』を日本の医学界の同道の士に紹介したいと考えていることを知った。これは中日の中医学交流にとって実に素晴らしいことである。山本氏は博識豊富で,長年来,中医学の学術交流と出版事業に尽力し,わが国の中医界からも高く評価されておられる方である。酒を酌み交して歓談し,伝統医学の発展と前途について思う存分話し合い,おおいに意気投合した。知り合ったのは最近でも,旧知の如く親しくなれたのは,これもまた人生の楽しみと言えよう。
 原著『中医基礎理論問答』は1980年に書かれた。本書は本科,研究科,西学中班(西洋医が中医を学ぶ班)の学生が抱いていた疑問に答え彼らの迷いを解くのに適したものであった。本書はまた当時の中医理論の教学に存在していた一部の概念や疑問点に対し,初歩的な検討と解釈を試みたので,中医学の教学の実践と理論研究に有益なものであった。1982年の出版以来,何回も増刷され,発行部数は10万冊を越え,国の内外に広く流布し,医学界の同道の士の推奨を博し,清新な観点で透徹した論述の優れた著作であるとのお褒めを戴いた。内容が不十分で名実が伴っていないのではと当初は思っていたが,確かに中医の教学と理論研究に対して一定の啓蒙作用と疑問を解く作用を果たしたことを鑑みるとき,その功績は決して無に帰すことはないと,今では,なんら臆することなく言うことができる。
 しかし,指摘しておかなければならないことは,本書を撰述した時期は,中医理論の整理の初期段階であり,その当時の情勢の影響を受けて,その思想観点の一部には偏った所が存在することが避けられなかったことである。特に陰陽五行学説の内包性に対して,まだその発掘と整理が充分なされていなかったことと,気一元論(元気論)などの重要な内容に言及しておらず,欠如させてしまったことである。したがって本書は内容において,前半は疎略,後半は詳細といった誤りを犯している。
 この13年来,中医理論は系統的な研究の面で著しい成果を収め,理論観点も絶えず深まり完成の域に近づいてきたので,今回の日本語版出版の機会に,緒論と陰陽五行の部分に対し,必要な拡充を行った。主要な補充は,中医学理論体系の中の唯物弁証観,中医学の基本研究方法,気一元論(元気論),陰陽五行学説の源流・沿革・発展,五行の制化と勝復調節,陰陽五行学説の現代的認識,陰陽学説と五行学説の相互関係及び総合運用などである。このように中国語版の不足を補ったことによって『中医基礎理論問答』は,日本の医学界の面前にまったく新たな姿で登場することとなった。中日両国の医学界の友人が,相互に切磋琢磨し,手を携えてともに歩み,中医学の理論体系の発展のために共同して奮闘努力する上で,本書はその一助となるであろう。

劉 燕 池
1995年8月 北京中医薬大学において


原著まえがき

 中医学の基礎理論を深く掘り下げて学習し全面的に把握することは,中医学のその他の各部門を学ぶための基礎となる。中医学理論の基本概念・基本内容・基本法則・基本方法を正確に理解し体得することはまた,中医学の基礎理論知識を的確に学ぶためのカギである。とりわけ学習過程において分からない問題を解決することは,学習に対する熱意を鼓舞し,学習の進度を速め,学習のレベルを高めるうえで,ことさら重要な意義を持っている。
 筆者は長年にわたって中医理論の教学と臨床実践に従事し,学生が提起した質問や疑問に対して答え,また世間の人が手紙で質問してきた基礎理論に関する問題に書面で答えてきたが,そうしたことを通じて,中医学の基礎理論における一部の概念や疑問点に対してはさらに研究を行い,討論を深める必要性があることを強く実感した。そこで,これまでの中医学院本科および西学中班(西洋医が中医を学ぶ班)の基礎理論の教学過程で,学生が提起した問題と一般の人が手紙で訊ねてきた問題の一部を集め,学院と教研室の関係各位の積極的な支援の下に,本書を共同で編纂執筆した。その意図するところは,中医理論の教学の中の一部の概念や疑問点に対し,一定の深みと幅をもった検討と解答を行って,学生,教師,及び中医理論を自習し研究している同道の士の学習の手助けとなり,おおいに益するものとなることにある。
 本書は中医学院本科や西学中班の教学指導の参考資料となるだけでなく,中医基礎理論を自習する者の補助参考書となるであろう。
 本書で取り上げている問題は一定の普遍的意義をもっている。また,その解答内容は当面の中医基礎理論教材に立脚しているだけでなく,中医理論体系を尊重し伝統的概念を明らかにするという基礎を踏まえている。さらに本書は一連の新たな見解や解釈を試み,できるだけ掘り下げた内容を平易な表現で示し,また全般的視野を持って特定の意見に偏ることを避けるようにしているので,中医学の基礎理論の問題を深く理解し把握するという目的に合致するものである。しかし,我々の教学レベルには限りがあり,医療経験も不足しているので,問題をはっきりさせて解答する点において,欠点や誤り,さらには曖昧な所が存在することは充分に考えられることである。したがって広範な読者諸氏のご批判とご指導を切に仰ぐものである。
 本書の執筆と編纂の過程で賜った,任応秋教授,印会河教授,程士徳助教授のご指導とご校閲に対し,ここに感謝の意を表する。

編 纂 者
1981年3月 北京中医学院において


本書の発行にあたって

 本書『詳解・中医基礎理論』は,『中医基礎理論問答』(上海科技出版社1982年刊)を底本として全文を翻訳したものである。ただし,巻頭の「緒論」と「気一元論・陰陽学説・五行学説」の部分は,本書主編者の劉燕池教授が,日本語版のために特別に全面的に書き改めたものを翻訳した。
 本書の原本が出版された80年代初期は,文革によるさまざまな制約から解放された中医派が,中医の再興を目指して最も精力的に活躍した輝かしい時代であり,歴史に残る優れた書籍が数多く出版されている。本書は,そうした活気に満ちた時代に,当時の最先端を行く執筆者たちが全精力を注いで書いた極めて意欲的な書籍である。
 本書は,創設されたばかりの大学院の学生向けに,中医学の真髄をより深く理解させるために編纂された中級用副読本である。初級用教材『中医学基礎理論』を学んだ学生たちが,貪るように読んだといわれる。教科書についで最も多く読まれた定評ある本である。
 初版原本の哲学部分は,文革時代の思考方法が色濃く残っていて,今日の時代思想と合わない表現が随所に見られたため,95年にちょうど来日された劉燕池教授に相談をし,新たに書き下ろしていただいた。原本よりも相当字数が増えたが,約10年間に発展してきた中国の研究成果が十分に盛り込まれており,新鮮な内容となっている。陰陽・五行学説を統合する形で新たに「気一元論」が加えられ,気の位置づけがより鮮明になった。五行学説の項は,これまでの平面的・静止的な五行関係が立体的・動態的なものとして描かれている。そのほか,全体を通じて大変充実した内容であるが,「症例分析」の項はとりわけ本書の特色をなすもう1つの部分だろう。中医学基礎理論を学んだあと,その知識を臨床にいかに応用するかは,われわれ日本人にとって一番の関心事であるが,このような問題に親切に応えてくれる書籍は残念ながら,中国ではあまり出版されない。一挙に高レベルな老中医の医案集になってしまう。多分,そのような初級から中級への過程は,大学の臨床実習において教師が丁寧に教えてくれるからだろう。われわれが接した数多くの書籍の中で,本書が唯一われわれの願望に応えてくれる書籍である。「症例分析」の項は,症例を挙げて,中医弁証論治の進め方を実に丁寧に解説してくれている。読者にとっては,この症例分析のモデルがきっと臨床へ進むにあたっての水先案内になってくれるであろう。
 本書は,複数の訳者が翻訳をし,浅川要氏が全体の統一と監訳を行ない,編集部が日本語表現において修正を加えた。

東洋学術出版社 編集部