序
本書との出会いはもう10年程前になる。はじめて手にしたときは,「こんな便利なテキストがあれば,もっと日本で中医鍼灸が普及するだろう!」と感動した。一般に中医学書は系統的にまとめられており,最初からきちんと学習するものにとっては非常にわかりやすい。しかし,いざ自分で勉強しようと思っても,どこからどう学んでよいか戸惑う場合が少なくない。そんなとき,本書では症状が最初に記述され,その中医学的病理,弁病または弁証,病証,配穴,手技等が簡明に表記されていた。本書に感動した理由は,これならば今まで中医学を勉強したことはないけれども,日常臨床のなかで中医学的な治療方法を参考・応用にする者にとっては,うってつけの書になると思われたからである。
当初,教室内で担当を決めてゼミ生も含めて輪読を始め,それぞれの症候の日本語訳を行った。その結果をふまえて,できればテキストとして発刊してはどうかと考えて,東洋学術出版社の山本勝曠社長に相談したところ実施しようということになった。 ところで,本書に収録された症候は中国で一般的な愁訴を中心にまとめられたものであり,必ずしも日本の現状とはそぐわない面も多々ある。そこで,なるべく日本の現状に即した形で取捨選択させていただいた。したがって,原書と比較するときに若干の欠落があることをお断りしたい。
訳については,できるだけ理解しやすいように配慮したつもりであるが,中医学の用語についてはすべてを訳すことはしていない。しかし,わかりにくいであろう用語については,注釈を巻末に付して便宜を図った。
さらに,治療法や配穴等,実際の臨床経験をもとにして,独断と偏見になるかも知れないが,訳者の解説を加えたので参考にしていただければ幸いである。
今や世界的に注目を集める鍼灸であるが,疼痛や運動器疾患が最適応というのではなく,あらゆる愁訴や疾患,また,治未病といった観点から今後ますますその真価が問われることになると思われる。そのときに求められるのは,圧痛点に対して鍼や灸治療を施す方法ではなく,心と身体を含む全身(人間全体)を東洋医学的な観点から捉え調整するという東洋医学本来の鍼灸治療のはずである。
本書は,そういった素晴らしい世界に導くための導入書として役立てていただければ望外の幸せである。手技の問題や弁証の荒さ,弁病と弁証の混在など,改善すべき問題が多いことは事実である。しかし,中医学,なかでも最も特徴的な臓腑弁証の初歩の仕組みを学ぶには絶好の書と信じている。
諸賢のご批判を乞いたい。
明治鍼灸大学東洋医学基礎教室
教授 篠原 昭二
平成18年4月