▼書籍のご案内-序文

臨床経穴学

前言

  『常用腧穴臨床発揮』は,4代100余年の家伝である針灸実践経験を世に伝えるために著したものである。最初は1962年に上梓された。執筆にあたっては,寝食を忘れてすべての時間をこれにあて,全精力を注ぎ込んだ。今ようやく世に出すことができ,至上の喜びを感じている。
 亡父である李心田は,50年にわたり針灸医術の臨床と研究に専念した。亡父は自身の臨床実践と祖父の指導にもとづき,経穴の効能,経穴の配穴,経穴と薬物の効果の比較,針(灸)による薬の代用,針灸弁証施治を中心に検討をくわえ,『針薬匯通』を著した。この書には前人が触れておらず,古書にも記載されていない独自の体得が整然と述べられている。1945年にこの書の初稿が脱稿すると,多くの同業者や学者たちがこの書稿を回覧しあい転写した。そして実際に臨床に応用して意外なほどの効果が得られたため,多くの専門家たちから称賛を得るにいたった。亡父は後学の啓迪のため,晩年身体が弱く多病であったにもかかわらず,さらに10余年をかけて改訂・増補に没頭し,本書をより完全なものとした。しかし遺憾なことに,脱稿をまじかにひかえて亡父は世を去り,生前にこれを刊行するにはいたらなかった。
 私は亡父の遺志をついで,『針薬匯通』を基礎とし,私自身の30年の臨床経験(数千の典型症例を集め,のべ1万余回にわたる追跡調査を行った)を加えて『針灸医案集』(釣30万字)を著したが,これが実践的にも理論的にも『常用腧穴臨床発揮』の基礎となったのである。
 本書は16章,89節からなる。14経経穴と経外奇穴から常用穴86穴を選んでいる。第1章総論の3節を除くと,他の章は各経絡ごとに章をすすめている。各経絡は,まず概論として経脈・絡脈・経別・経筋の分布と病候,その経絡に対応する臓腑の生理と病理,経穴の分布,経穴の治療範囲および特徴を述べ,その後に節に分けて常用穴を論述している。各常用穴は概説,治療範囲,効能 主治,臨床応用,症例,経穴の効能鑑別,配穴,参考という9つの内容に分けて説明した。
 各常用穴の[概説]では,経穴の特徴,主治範囲を述べた。[効能]では,補・瀉・灸・瀉血等により生じる経穴の作用を述べるとともに,経穴の効能に類似した作用をもつ中薬処方を紹介した。[主治]では,当該穴の治しうる病証を列挙した。[臨床応用]では,[主治]の病証のなかからいくつかの代表的な病証をあげ,その経穴がどのような病証を治療するか,どのような作用が生じるか,どのような禁忌があるか,配穴によりどのような治療効果が生じるかを述べた。[症例]では,当該穴を用いて治療した2ないし6つの典型症例を提示し,治療効果を示した。[経穴の効能鑑別]では,効能が類似する経穴について,それぞれの特徴の比較鑑別を行った。[配穴]では,ある経穴またはいくつかの経穴の配穴によってどのような治則になるかを述べ,あわせて経穴の配穴に相当する湯液の処方名をあげた。[参考]では,針感の走行,古典考察,臨床見聞,注意事項,歴代医家の経験等を述べた。また問題点の検討および異なる見解についても触れておいた。
 本書は亡父の教えである「針灸に精通するためには,臓腑経絡を熟知し,経典経旨を広く深く読み,経穴の効能に通暁し,弁証取穴を重視し,『少にして精』という用穴方法を学びとる必要がある。これができれば,臨床にあたってどのような変化にも対応でき,融通無碣に対処することができるようになる」という原則をよりどころとしている。この観点にたって臓腑・経絡の生理・病理および経絡と臓腑のあいだの関係,経穴の所在部位および所在部位と臓腑・経絡との関係,臨床実践という角度から,経穴の分析と考察をおこない臨床に応用しているわけである。けっして経穴をある病証に教条的にあてはめて経穴が本来もっている作用を発揮できないようにしてはならない。治療面においては,局部と全体との関係,経絡と臓腑,臓腑と臓腑,経穴と臓腑経絡,疾病と臓腑経絡との関係に注意をくばり,全体的視野に立った弁証取穴,同病異治,異病同治,病を治すには必ずその本を求むという治療法則を重視する必要がある。
 前述した内容から,本書を『常用ユ穴臨床発揮』と名づけた。この書で,経穴の効能と治療範囲について述べた部分,経穴の効果が湯液の薬効と同じであり,針をもって薬に代えうることについて述べた部分,弁証取穴について述べた部分,そして古典と歴代医家の経験について行った考察--これらの内容こそ本書の精髄といえるものである。これらは針灸学科の内容を豊富にしており,針灸医療,科学研究,教学のために参考となる資料を提供したものといえる。
 本書は4代にわたる100余年の実践経験を基礎としているが,個人の医学知識と臨床経験には限界があり,とりわけ書籍として著す初歩的な試みであることから,誤謬あるいはいたらぬところは避けがたい。読者からのご指摘ならびにご鞭撻を切に乞い,今後の改訂において向上をはかる所存である。
 本書は編集,改訂,校正,転写の過程にあって,王暁風,李春生,呉林鵬,李伝岐,および本院針灸科一同から大きな協力と貴重な意見を賜ったことに対し,ここに謹んで謝意を表す。

李 世 珍
1983年中秋 豫苑にて